アメデオ・モディリアーニ 《大きな帽子をかぶったジャンヌ・エビュテルヌ》 1918年 油彩、カンヴァス 個人蔵

美術史に偉大な功績を残した12人の画家の作品や人生をそれぞれ1枚の絵に集約させる。画家、桑久保徹の「カレンダーシリーズ」という挑戦だ。セザンヌ、ゴッホ、マグリット……12人はいずれも彼が敬愛し、憧れる巨匠たちだが、中でも一番好きで、追いかけても追いつけない、モディリアーニはそんな画家だという。🅼

聞き手:松原麻理

参考作品|本展への出品はありません
桑久保徹 《アメデオ・クレメンテ・モディリアーニのスタジオ》 2018年 個人蔵、東京 油彩、カンヴァス
Photo by Kenji Takahashi ©Toru Kuwakubo, Courtesy of Tomio Koyama Gallery

参考作品|本展への出品はありません
桑久保徹 《アメデオ・クレメンテ・モディリアーニのスタジオ》(部分)
2018年 個人蔵、東京 油彩、カンヴァス
Photo by Kenji Takahashi ©Toru Kuwakubo, Courtesy of Tomio Koyama Gallery

大阪中之島美術館で開催中の開館記念特別展「モディリアーニ ―愛と創作に捧げた35年―」。早逝した画家の生きた時代背景や、周辺画家との交流に触れながら、その作品世界をわかりやすく総覧できる展覧会として好評だ。
12人の敬愛する巨匠画家へのオマージュを12ケ月に表現した油彩の連作「カレンダーシリーズ」を手がけたアーティストの桑久保徹さんが、11月に選んだのはモディリアーニだった。幅2メートルを超える大キャンバスの中に、画中画としてモディリアーニ作品を200点以上も描いた経験を通して、桑久保さんはこの展覧会をどう観ただろうか?

――桑久保さんにとってモディリアーニはどんな画家ですか?

桑久保 カレンダーシリーズの中でも一番モディリアーニが好きですし、作品が一番欲しくなる画家でもあります。特に絵の具の付き方、テカり方が独特で、すごく惹かれます。技法を調べても僕には今のところ全然分からない。ストロークのピッチのしかたも含めて、自分には真似できない凄さがあって、いやぁ技量に関して嫉妬しかないです。それに、技法だけの問題ではなくて、もともとの美的センスが並外れてある作家じゃないかと思うんです。ピカソのことを馬鹿にできるのは、モディリアーニぐらいじゃないでしょうか。
 
 
――そのセンスとは、具体的にどんなところに感じられますか?

桑久保 すでに言われていることですが、モディリアーニの作品には実にさまざまな過去の作品からの影響が見てとれます。たとえば、あのアーモンド型をしている、瞳のない目や面長の顔は、「カリアティード」という古代ギリシャ時代から西洋建築に取り入れられた女人像をかたどった柱のようですし、アフリカのプリミティブな木彫の仮面や像を思わせるというのは有名な話ですよね。

アメデオ・モディリアーニ 《立てる裸婦(カリアティードのための習作)》 1911–12年 油彩、カンヴァス 名古屋市美術館
「紙にドローイングだと思っていたのですが、本物を見て、油絵だったのだと初めて気づきました」(桑久保さん)
参考作品|展示は終了しています
アメデオ・モディリアーニ 《ジャンヌ・エビュテルヌの肖像》 1919年 油彩、カンヴァス 大原美術館
最後の3年間を一緒に過ごした恋人ジャンヌの肖像は20点ほど残っている。
アメデオ・モディリアーニ 《耳飾りの女性》 1917年頃 油彩、カンヴァス パリ市立近代美術館
「この絵だけは、他の作品と違って絵の具があまりテカテカしておらず、さらっとして異質。そういうことを確かめられるのも、展覧会で本物を見る醍醐味です」(桑久保さん)

他にも14世紀シエナ派の彫刻家カマイーノの作品《司教アントニオ・デル・オルソ記念像》の首をかしげた感じにもよく似ているとか、クラーナハやボッティチェリの曲線的な女性像など、ルネサンスにも影響を受けているでしょうし。ブランクーシには直接、彫刻の教えを受けたし、エゴン・シーレやムンクも彼は見ているんじゃないか? あとは最初の展示室にあるように、20世紀初頭のポスターですよね、ああいうレイアウトやレタリングの妙も参考にしたのではないでしょうか。またドローイングを見ていると、古代ギリシャの壺の赤絵式を連想します。人物像に横顔や横向きのポーズが多いから。そして、ヌードはもちろんマネの《オランピア》やゴヤの《裸のマハ》、もっと遡ればティツィアーノの《ウルビーノのヴィーナス》にヒントを得ているのは明らかでしょう。これほどまでに多くのレファレンスが入っていながら、最終的には「誰々風」などではなく、完全に自分の作品に昇華してしまう力技がすごいと思います。その取り入れ方がさりげなくてオシャレ、まるでエルメスとかグッチみたいだなーと思っちゃう(笑)。
 
 
――なんとなくわかる気がします。

桑久保 上質なものばかりを折衷しているのにあざとくない、そんなファッショナブルさがハイブランドの高貴さに通じるなぁと。なので、自分のカレンダーシリーズのドローイング版の方のモディリアーニにも、エルメスとグッチのショッパーの端切れなどをコラージュしています。

参考作品|本展への出品はありません
桑久保徹 《アメデオ・クレメンテ・モディリアーニのスタジオ 11月 LPレコード(日高理樹による「アメデオ・クレメンテ・モディリアーニのスタジオー11月」および桑久保徹のための楽曲入り)》 2019年 作家蔵

――それはイタリア人の洒脱さにも通じるのでしょうか?

桑久保 そう、モディリアーニはパリに渡ってからも卑屈になることなく、ちゃんといろんなものを吸収して、結局はオリジナリティに転化させてしまう。なんでも着こなしちゃうイケてるイタリア人みたいですよね。そして、画面に字を描いたりして、下手するとイラストやポスターっぽくなりがちなところを、絵の具の付き方やテクスチャーの感じで高級な絵画として成り立たせています。質感としては「古典」なんです。
 
 
――モディリアーニがパリに到着した1906年頃といえば、フォーヴィスムやキュビスムが台頭するなど、新しい芸術の機運が高まっていました。
 
桑久保 新しい潮流が渦巻いていたパリで、ピカソやドラン、ヴァン・ドンゲン、キスリングらと交流しながらも、根っこのところでは真摯に古典と向き合っていたんですね。ある意味コンサバティブなのは、イタリア人の気質なんでしょうか。イタリア人画家のセヴェリーニから未来派に誘われてもきっぱり断っていますしね。彼は過去のアートを参照し、古典を引き継ぐと心に決めていたのでしょう。でも古典をそのままなぞるのではなく、延長線上にいながらどう現代と結びつけるか、そこを模索していたと思うのです。
 
 
――今回の展覧会の中で、桑久保さんが一番好きな作品はどれですか?

桑久保 大阪中之島美術館所蔵の《髪をほどいた横たわる裸婦》がダントツに好きですね。

アメデオ・モディリアーニ 《髪をほどいた横たわる裸婦》 1917年 油彩、カンヴァス 大阪中之島美術館
「モディリアーニはポートレートが多いから圧倒的に縦画面が多いけれど、これは古典からのヌード画の系譜を引き継いで横画面ですね」(桑久保さん)

いつも展覧会を見るときは「どれを持って帰りたいか」と自問するのですが、今回はこれ、持って帰りたい(笑)。画面が横位置、まさに《ウルビーノのヴィーナス》ですよね。モディリアーニの一連の肖像画だと、目の前のモデルを理想美としてのカリアティードやアフリカの彫像に投影して描くけれど、このヌードではそういうことはせず、ルネサンスの巨匠作品の影が色濃く出ていて、古典とガチで勝負をしている!と思いました。
 
 
――具体的にどんなところが「ガチ」でしたか?

桑久保 肖像画は人物の輪郭線を先に描いて、その後に背景を、人物に使った色を使いながら塗り広げていく感じです。でも、このヌードは空間を描いてから人物を描いている。つまり人物のところは絵の具の層が重なっているんです。だから分厚い塗りになっていますよね。そこが他の作品と全然違う。その厚塗りからも、“マジ”で古典と対峙し、絵画というものに向き合っている気迫が伝わってきます。アントワープ王立美術館所蔵の《座る裸婦》と並べて展示されていましたが、断然、こっちのほうが素晴らしいと思いました。
 
 
――モディリアーニは生前に絵があまり売れなかったとか、生活の困窮、暴飲、女性関係、病気、早逝、恋人ジャンヌの悲劇的な死など、その壮絶な人生に惹かれる人も多いですが。

桑久保 僕の場合は、彼の生涯から作品に入っていったわけではなくて、やはり古典を復興させ、今につなげたいという思い、そして古典と何か別の要素をドッキングさせてバーンと一気に飛ぶような作品を作り上げる、その能力に感心します。どの絵にも「古典」が透けて見えますから。
 
 
――今回の展覧会で初期作から晩年の作までご覧になって、どんな感想ですか?

桑久保 同時代の画家の作品も見られたのがよかったです。たとえばモディリアーニの友人である画家キスリングの奥さんは、短髪でモダンな格好いい女性だったようですが、そのポートレートをキスリングが描いたのと、モディリアーニが描いたのと見比べるのが面白い。モディリアーニの方は、え、こうなっちゃうの? という感じ。やっぱりカリアティードに持っていくんだよなぁ。

キスリング 《ルネ・キスリング夫人の肖像》 1920年 油彩、カンヴァス 名古屋市美術館
アメデオ・モディリアーニ 《ルネ》1917年 油彩、カンヴァス ポーラ美術館
「本人、この絵を見て怒らなかったかな? いや、イケてる女性なので余裕で受け入れたでしょう」(桑久保さん)

それと、肖像画では前半と後半で色合いが変わるということを発見しました。モディリアーニは1918年から約1年間、南仏に滞在するのですが、南仏に行く前に描いた肖像画作品は全体的にダークで重厚な色調で、赤っぽく、厚塗りした感じです。それに、知人や画家など、親しい人や名のある人の肖像画が多い。ところが南仏に行った後、絵の具の塗りが薄くなって色味に変化が起きる。ブルーとイエローが多くなっています。そして農夫など市井の人を描くようになるのは、アルルに行ったゴッホのイメージと重なります。南方の強い光のもとで、作品はカラッとした色味になり、作風が変わったんだなーと今回気づきました。そして「南仏前」と「南仏後」の間に、古典と本気で対決したあのヌードが挟まっている、そんな流れをイメージできました。

アメデオ・モディリアーニ 《若い女性の肖像》 1917年頃 油彩、カンヴァス テート Photo © Tate
南仏に行く前、色味はダークで重厚、赤っぽい。
アメデオ・モディリアーニ 《小さな農夫》 1918年頃 油彩、カンヴァス テート Photo © Tate
南仏では市井の民を描いた。色味にブルーやイエローを取り入れ、軽やかな印象になっている。

――モディリアーニの作品をたっぷり見られる展覧会ですね。

桑久保 本当にいい絵ばかりを世界中からよく集められたな、と思います。モディリアーニはパリに来てから数年は彫刻をやっていて、絵画一本に絞るのは1914年から亡くなる1920年まで、実質5年程度しかない。その間によくこれだけの作品を残したと思います(注:200点以上の肖像画や裸婦像を描いている)。毎日飲んだくれていたというイメージばかり先行しますが、実際には遊んでいる時間はそれほどなかったと思いますし、「美の奴隷」だなという感じがしました。いい作品を描きたいからこそ、それが叶わぬ時に自分に苛立ち、酒に逃げたりもする。でも究極のところ全てはアートのためなんですよ。だから、僕の見立てではモディリアーニは過労死だった、という結論です。

大阪中之島美術館 開館記念特別展「モディリアーニ ―愛と創作に捧げた35年―」

会期|開催中 - 2022年7月18日(月・祝)
会場|大阪中之島美術館 5階展示室
開館時間|10:00 – 17:00[入場は16:30まで]
休館日|月曜日、7月18日(月・祝)を除く
お問い合わせ|大阪市総合コールセンター 06-4301-7285[受付時間:8:00-21:00(年中無休)]
 
■会期等、今後の諸事情により変更される場合があります。展覧会ホームページでご確認ください。

コメントを入力してください

コメントを残すにはログインしてください。