© Gerhard Richter 2022 (07062022)
撮影:山本倫子

日本の美術館では16年ぶりとなる「ゲルハルト・リヒター展」が現在、東京国立近代美術館で開催中。10月15日からは愛知県の豊田市美術館へ巡回する予定だ。リヒター展開催にまつわる裏話を、両美術館の担当学芸員に語り合っていただいた。🅼

桝田倫広さん(東京国立近代美術館主任研究員)

鈴木俊晴さん(豊田市美術館学芸員)

聞き手・文=松原麻理

――そもそも今回の展覧会はどのようにして開催にこぎ着けたのでしょうか?
 
桝田 2005年に金沢21世紀美術館とDIC川村記念美術館でリヒターの大規模な展覧会が行われましたが、これまでリヒターは東京の美術館で展覧会を開いたことがありませんでした。もちろんワコウ・ワークス・オブ・アート(東京・六本木)などギャラリーでの個展はありましたが、とりわけ東京のミュージアム、それもなるべくならコレクション作品がある美術館で行いたいという作家自身の希望がありました。また、2019年12月に設立されたゲルハルト・リヒター財団の所蔵作のお披露目という目的もあったようです。
 
鈴木 時期的には2019年の夏から秋にかけて、東京の近美と豊田市美術館の2館で準備していこうということになったと記憶しています。近美はリヒターの絵画作品を1点所蔵していますが、豊田市美は残念ながら所蔵していません。しかし当館は戦後ヨーロッパ美術に特に力を入れており、ヨーゼフ・ボイスに関しては相当のコレクションを有していますし、他にブリンキー・パレルモ、ギュンター・ユッカーなど、リヒターの周辺のドイツ現代美術家の作品を所蔵し、紹介してきました。なので、いつかはリヒターの展覧会をやりたいと考えていたところ、今回、絶好の機会が巡ってきて、とても嬉しく思っています。
 
桝田 東京国立近代美術館は1952年に開館し、1969年に現在の竹橋に移転しました。そのとき開かれた開館記念展での出品作家の一人がリヒターだったという縁があります。また、1995年には「現代美術への視点:絵画、唯一なるもの」が開催され、このとき出品されたリヒターの作品《抽象絵画(赤)》を購入しました。当館の歴史の重要な局面に登場するアーティストでしたので、いつかは単独で取り上げたいと考えていました。

ゲルハルト・リヒター 《抽象絵画(赤)》 1994 年 東京国立近代美術館蔵 ©Gerhard Richter 2022 (20042022)
「MOMATコレクション」[東京国立近代美術館 2階11室]にて10/2(日)まで展示中

――今回の出品作品はどのようにして選んでいったのですか?
 
桝田 基本的には我々からのリクエストがベースにあり、作家とメールでやりとりしながら、微調整を重ねていきました。リヒターのこれまでの展覧会では、作家本人が会場の精密なモックアップを作り、どの壁にどの作品を展示するか、細かく決めていったそうです。今回もモックアップをもとに作家が展示のレイアウトを考えてくれました。しかし今回は年齢的なこともあり、だいぶ我々に任せてくれたのかなと思います。2ヶ月前にはドイツの仕事場へ伺って作家に実際にお会いし、最終調整をしました。
 
 
――アブストラクト・ペインティング、ガラス作品、カラーチャート、フォト・ペインティング、ストリップ……と、多くのシリーズが網羅された展示ですね。

© Gerhard Richter 2022 (07062022)
撮影:山本倫子

桝田 今回の出品ラインアップの特徴として、財団所蔵と作家蔵の作品でほぼ構成されている点が挙げられると思います。それはつまり、他人の手に渡ったことがなく、作家が手元に大事に残していた、思い入れがある作品だということ。粒よりの秀作が揃った展覧会だと言えるでしょう。しかし一方で、財団はすべてのシリーズを網羅的に所蔵しているわけではないので、フォト・ペインティングは少ないですし、60〜70年代のカーテンを描いた作品群や風景画も欠けています。それらを他の美術館から借りてきて補填する、というやり方も考えてはみましたが、そうすることにより作家自身が親密さを抱くコレクションというコンセプトが薄まってしまうだろうと思いました。
 
鈴木 思い返せば、財団からの最初の出品リストでは、家族のポートレートが全部エディション作品でした。しかし、作家蔵のものがあるのならそちらを出してほしいとリクエストしたところ、徐々に入れ替わっていったという経緯があります。
 
桝田 なかでも注目しなければならないのが《ビルケナウ》です。彼が長らく作品化を試みては挫折していたホロコーストという主題に真正面から向き合い、逡巡と苦悩の末やっと作品化できたのが2014年。アウシュヴィッツに隣接するビルケナウ絶滅収容所で極秘に撮影された悲惨な写真をもとに描き、上から絵の具で覆った油彩4点でした。その後、それをデジタル複写した画像作品4点が制作されました。会場では油彩と写真が向かい合わせに展示され、間にグレーの鏡の作品が展示されています。この《ビルケナウ》をバラバラに散逸させないことが、財団設立の目的のひとつだったと聞いています。それほどに、この作品はリヒターの作家人生における達成点のひとつであり、今回の展覧会でも最大の見どころになっています。

《ビルケナウ》向かって左が写真バージョン、右が絵画バージョン。
© Gerhard Richter 2022 (07062022)
撮影:山本倫子

ゲルハルト・リヒター 《ビルケナウ(CR:937-1~4)》 2014年 ゲルハルト・リヒター財団 油彩・キャンバス 各260×200cm
©️ Gerhard Richter 2022(07062022)

鈴木 《ビルケナウ》に関して、作家からの当初の出品リストには写真バージョンはなかったのですが、やはり絵画バージョンと写真バージョン両者を対峙させたいとこちらからお願いして、実現しました。絵画とは何か、自分が観ているものは写真なのか絵画なのか、認識が揺らぎながら絵と写真のはざまを往来する、その鑑賞者自身の姿がグレーの鏡に写し出されるという、重層的な展示効果を生み出す結果になりました。
 
 
――設営の際に苦労された点はありますか?
 
鈴木 私も東京へ出向いて近美の設営に関わったのですが、たとえばガラス作品や鏡の作品に関しては、通常の美術運送の業者だけではなく、ガラス専門の運搬業者の協力が必要でした。また、《ビルケナウ》の写真バージョンは4枚に分かれており、あの大型パネルを寸分違わぬ位置でピタリと田の字にして壁にかけなければならない。求められる精度の高さに衝撃を覚えましたし、実際に非常に苦労しました。
 
桝田 《ストリップ》も4つに分かれており、これも1ミリのズレも許されないわけで、作業が本当に大変でした。当館での展示作業は通常、5日間といったところですが、今回はあらかじめ8日間確保しておいたのです。それでもまったく余裕はありませんでした。

右の壁にある《ストリップ》は200×1000cmの作品だが、4つに分かれて設営されている。
© Gerhard Richter 2022 (07062022)
撮影:山本倫子

鈴木 それに、地震対策のために何らかの措置をしなければならないのも大きな制約でした。本国ドイツでは地震の可能性など全く考えていないので、こちらで必要な設備を取り付けなければならなかったので時間を要しました。
 
 
――巡回先の豊田市美術館ならではの楽しみ方はありますか?
 
鈴木 「カラーチャート」と呼ばれるシリーズの《4900の色彩(901)》という作品は、25色(5×5色)の正方形をランダムに並べた48.5㎝四方のパネルを基本単位として、それを196枚つなぎ合わせて構成されますが、その方法は11通りあるんです。今回の東近美では、6つの塊に分けて展示されています。

ゲルハルト・リヒター 《4900の色彩(CR:901)》 2007年 ラッカー、アルディボンド、196枚のパネル 680×680cm パネル各48.5×48.5cm ゲルハルト・リヒター財団蔵 東京国立近代美術館での展示風景。
© Gerhard Richter 2022 (07062022)
撮影:山本倫子

鈴木 この構成は展示空間の大きさや形に応じて変わります。たとえば過去には、最小パネルを196枚ずらりと横一線に並べて空間を取り囲んだこともありました。ちなみに196枚をひとかたまりの正方形にして見せる場合(14×14パネル)、縦横6.79m四方になります。豊田市美術館では、東近美とは異なる見せ方を検討中です。東近美をご覧になった方も、ぜひ豊田での展示を楽しみに足を運んでいただければと思います。

ゲルハルト・リヒター 《4900の色彩(CR:901)》 2007年 ゲルハルト・リヒター財団 ラッカー、アルディボンド、196枚のパネル 680×680㎝ パネル各48.5×48.5㎝
©️ Gerhard Richter 2022(07062022)

――パネルの並べ方に決まりはないのですか?

鈴木 決まりはありません。同じ色がなるべく一カ所に偏らないように配置するのですが、やっているうちに、どんどん訳が分からなくなってきます。作家が現場にいたら、あれこれ指示が出たかもしれませんが、今回はある程度我々に委ねられていたので、体力も含めて、こちらの判断が試されているかのようでした。無作為とは、人間には難しい作業なのです。
 
 
――最後に、今回の展示の中で、個人的に欲しいと思う作品はどれですか?
 
桝田 リヒターが、赤ちゃん時代の息子を描いた《モーリッツ》でしょうか。僕は最後までしつこくこの作品をポスターやチラシのメインビジュアルに推していたのですが、あえなく却下となってしまいました(笑)。きれいな可愛い赤ちゃん、というだけで終わらない、どこか引っかかりのある絵です。何回も描き直しているので作家の思い入れの強さを感じますし、リヒターは自身の自画像を重ねていると思うので、間接的な自画像だとも言えます。なので、もし手に入れられるとしたら、これが欲しいです。

ゲルハルト・リヒター 《モーリッツ(CR: 863-3)》 2000/2001/2019年 
油彩、キャンバス 62×52cm 作家蔵 © Gerhard Richter 2022 (07062022)

鈴木 僕は《鏡》ですかね。鏡を用いた作品はリヒターの作品の原理とも評されますが、それでいて日常的に目にする鏡と違いはありません。それなのになぜリヒターの鏡だと桁違いのハイプライスで、普通の鏡は安価なのか、そんなことをじっくり考えてみたいです(笑)。

左:鈴木俊晴さん、右:桝田倫広さん

ゲルハルト・リヒター展

会期|2022年6月7日(火) - 10月2日(日)
会場|東京国立近代美術館
開館時間|10:00 - 17:00 [金・土曜日は20:00まで] 入館は閉館30分前まで
※ただし、9月25日(日) - 10月1日(土)は10:00 - 20:00で開館します
休館日|月曜日[ただし9月19日、9月26日は開館]、9月27日(火)
お問い合わせ|050-5541-8600(ハローダイヤル)
 
■「ゲルハルト・リヒター展」のチケットで、入館当日に限り所蔵作品展「MOMATコレクション」、コレクションによる小企画「新収蔵&特別公開|ピエール・ボナール《プロヴァンス風景》」もご覧いただけます。
 
■巡回展
豊田市美術館 2022年10月15日(土) - 2023年1月29日(日)
 
■展示作品、 会期等については、 今後の諸事情により変更する場合がありますので、 展覧会公式サイト等でご確認ください

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