家から5分の港から見る桜島。散歩の途中に撮った。

東京と鹿児島を拠点とする生活。頻繁に行き来するのではなく、数週間単位、ときに数カ月単位でゆったりと。編集者で文筆家の岡本仁さんはそんな二拠点暮らしをしている。その日々の中で、東京ほど美術館がないからわかる自分には美術館が必要だということ。展覧会を見逃すかもしれないから考えられるその展覧会のこと。🅼

先月の中旬から、鹿児島市に来ている。2ヶ月ほどは、こちらで暮らす予定だ。去年の夏も、2ヶ月半ほど鹿児島にいて、こちらで過ごす時間が、1点を除いてとても快適だったから、それからは10月前後の6週間、そして年末年始、さらに今年の3月から4月にかけて4週間と、まるで二拠点生活のようになっている。

2021年、霧島アートの森で開催された「岡本仁が考える楽しい編集って何だ?」展より

何を除いてなのかは後述するとして、鹿児島の滞在が長期になっていくきっかけは、去年の夏にあったふたつの展覧会の企画・監修を担当したことだった。香川県丸亀市の〈丸亀市猪熊弦一郎現代美術館〉で開催された「いのくまさんとニューヨーク散歩」展、そして鹿児島県湧水町の〈霧島アートの森〉で開催された「岡本仁が考える楽しい編集って何だ?」展。特に後者は、自分自身の編集仕事の展示だったので、準備もあったし、会期中は鹿児島の会場にいようとも思い、長い滞在になってしまった。
 
これまで鹿児島にはたびたび来ていたけれど、長くても10日間くらいがせいぜいだったから、去年は遊びに来ているという感覚は薄れ、生活しているという実感がわいてくるものだった。そしてそれが、想像以上に良かったのである。

家から10分のいづろ交差点。路面電車が走る。

基本的に車がないと不便だろうと考えていた部分がある。こちらの知り合いも、ほとんどが車を使った生活をしているのを見ているからだ。だが、借りているアパートは、生活に必要な施設が歩いていける距離にあるので、そこだけで充分だと思えば、何の問題もなかった。
 
鹿児島ももちろん暑いのだが、東京の夏ほど過酷だとは感じない。たぶんストレスが少ないからだろうと思う。東京より倍ぐらいの幅の舗道を歩いている人の数は10分の1以下だ。野菜も果物も新鮮で安い。行きつけの飲食店も何軒かあるから、ときには酒を飲みながら食事する。だから、ぼくは鹿児島での生活にすごく満足している。
 
ある日、友人と飲んでいて、「これだけは、やっぱり東京にしかないから困るというようなことは、ないんですか?」と質問された。少し考えてから、美術館と答える。それ以外はだいたい大丈夫だが、いつでも魅力的な展覧会を何かやっている場所がないのだ。いや、ないと言ってはいけない。そこがどうしても観たいという展示をやっているということが、タイミングが悪いのか、なかなかなかった。
 
ところで、美術を観るということは人の生活にとって、どのような効用があるのだろうか。少なくとも生命を維持するために必要なものから順番をつけていけば、リストの上のほうにくることはないのは間違いない。つまり、友人からの質問の答えが「美術館」だったというのは、必需品と考えられるものは満ちたりているということでもある。それらが揃っていたとしても、「無用の美」を展示する美術館もまた、自分にとっては必需品に違いないのだ。

東京都美術館 企画展「フィン・ユールとデンマークの椅子」展示風景 
撮影:若林勇人

「ジャン・プルーヴェ展 椅子から建築まで」東京都現代美術館、「フィン・ユールとデンマークの椅子」東京都美術館、「クリストとジャンヌ=クロード 包まれた凱旋門」21_21 DESIGN SIGHT、「ライアン・ガンダー われらの時代のサイン」東京オペラシティアートギャラリー、「生誕140年 ふたつの旅 青木繁×坂本繁二郎」。わりとよく行く美術館やギャラリーが、いま何を展示しているか調べてみた。海外の作家が多くなっているのはたまたまで、海外の作品にしか興味がないわけではない。ちなみにいちばん頻繁に行く東京国立近代美術館で開催中の「ゲルハルト・リヒター展」は、鹿児島に移動する前に観た。
 
美しさや目をみはるアイデアから受ける刺激は、すぐに生活に役立ちはしないが、自分が生きていく上での何らかのヒントになると思っているし、わからなくてもわからなかったままで憶えておくことは、いつかのための意味ある体験となる。だから、これらを観る機会が減ることは、かなり惜しいのだ。

東京ステーションギャラリー 「東北へのまなざし1930-1945」 展示風景より。
郷土玩具に関する資料や羽子板、赤べこなどの玩具、奥には棟方志功の板画も見える。 ©Hayato Wakabayashi
「今和次郎・純三の東北考現学」のエリア。
建築家の今和次郎と5つ下の弟でデザイナーの純三による東北観察。 ©Hayato Wakabayashi
壁面中央|雪兜。その両側に蓑、背中当など
床面左|流釉切立壷、 同右|鉄釉海鼠流水甕 photo / MON ONCLE
郷土玩具店「吾八」主人、山内金三郎と彼の主婦之友社時代の同僚、今村秀太郎の編集による『これくしょん』(1937〜)
photo / MON ONCLE

いま観られないことに地団駄を踏んでいる展示は、東京ステーションギャラリーで開催中の「東北へのまなざし 1930-1945」である。東京に巡回してくるのは知らなかったし、岩手県立美術館でこの展示が始まった時は、盛岡へ行こうと思ったほどだが。物忘れの激しいぼくでも、会期終了までに東京に戻れるかどうかが、常に頭の隅にある。
 
この展示でいちばん知りたいのは、今和次郎のまなざし、つまり東北人による東北のためのまなざしである。今和次郎のことは知っていたが、考現学の人という以上の理解はまったくなかった。それが大きく変わったのは、東京都現代美術館で「吉阪隆正展 ひげから地球へ、パノラみる」展を観た時からだ。今和次郎への認識と同じように、吉坂隆正もル・コルビュジエの弟子ということ以上に何か思い入れのようなものは持ち合わせていなかったが、その吉坂に大きな影響を与えたのはル・コルビュジエ以上に今和次郎だったのではないかと、吉坂のキャリアの後半で彼が展開していったことによって、思い至ったのである。
 
吉坂の「津軽地域の魚眼地図」と今和次郎の『東北地方農山漁村住宅改善要旨』とのつながりについて考えられたら。それがいちばんの目的だ。それは、旅先としての鹿児島と、生活場所としての鹿児島の違いを考えることと直につながっているような気がする。その土地がその土地に暮らす人々にもたらす思考を理解せずに、東京と同じ成功例を持ち込むことは、長期的には豊かな実りをもたらさないだろうと思う。

今和次郎《積雪地方農村経済調査所 雪国試験農家家屋 透視図》1937年、工学院大学図書館

『東北地方農山漁村住宅改善要旨』財団法人同潤会 1940年 個人蔵

とにかく、何かについて自分なりに考えてみることが大切だと、ぼくは美術館に行くといつも以上に強く感じるのである。なぜ、東京にはたくさんの美術館があるのかについて考えたこと、あるいは自分自身の展覧会を企画・監修する過程で考えたことなどは、いつかまた別の機会に。

フィン・ユールとデンマークの椅子

会期 I 2022年7月23日(土)- 10月9日(日)
会場 I 東京都美術館 ギャラリーA・B・C
開室時間 I 9:30 – 17:30[金曜日は20:00まで] 入室は閉室30分前まで
休室日 I 月曜日、9月20日(火)[ただし8月22日、29日、9月12日、19日、26日は開室]
お問い合わせ I 03-3823-6921

東北へのまなざし1930-1945

会期 I 2022年7月23日(土)- 9月25日(日)
会場 I 東京ステーションギャラリー
開館時間 I 10:00 – 18:00 [金曜日は20:00まで] 入館は閉館30分前まで
休館日 I 月曜日[ただし9月19日は開館]

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