「もしもし、奈良さんの展覧会はできませんか?」展示風景 Photo/ MON ONCLE

「子どもだからって黙ってない!」って言っているような絵が気になって、心を動かされ、展覧会をしたいと考えた人がいた。その想いがアーティストも動かし、多くの人々をいろいろの立場で巻き込み、前例の無いかたちで展覧会が実現した。今の弘前れんが倉庫美術館がまだ本当に倉庫だったときのこと。その3回の展覧会を振り返り、未来につなぐ展覧会が開催されている。🅼

「もしもし、奈良さんの展覧会はできませんか?」
という一風変わったタイトルの展覧会が、青森県の弘前れんが倉庫美術館で開催中だ。「奈良さん」とは弘前市出身のアーティスト、奈良美智のこと。遡ること2000年の夏、突然かかってきた一本の電話が、このフレーズから始まったのだ。
 
 
 
電話の主は吉井酒造煉瓦倉庫(当時)の持ち主、吉井千代子さん。明治・大正期に建てられ、日本で初めてリンゴ酒、シードルを製造した歴史を持つ煉瓦造りの建物は長らくその一部のみが倉庫として使われていた。たまたま奈良美智の初の作品集を手に取った吉井さん、その絵に感じ入るものがあった。「うちの煉瓦倉庫で展示できたら良いんじゃないかしら?」奈良のプロフィールを見て弘前出身と知り、連絡先となっていたギャラリーに電話をかけた。
 
「もしもし、奈良さんの展覧会はできませんか?」
 
地元の誰もが知る煉瓦倉庫。奈良も子どもの頃から、中はどうなっているのかな、と想像を膨らませていたようだ。初めて吉井さんと対面、煉瓦倉庫を訪れる機会を得て、「ここで展覧会を」というプロジェクトが動き出した−。

弘前れんが倉庫美術館外観 ©︎Naoya Hatakeyama

こうした「事の発端」から、3本の奈良美智展の開催実現までを丁寧に振り返る「奈良美智展弘前 2002-2006 ドキュメント展」である。
 
展示は4つの主題から成る。会場構成は、これまでの弘前での奈良美智展をはじめ、奈良の展覧会や作品集などのグラフィックワークを手がけてきたデザイナーの山本誠が担当した。

〈一本の電話から〉

本展展示風景 Photo/ MON ONCLE

奈良美智と煉瓦倉庫を結びつけた一本の電話。
 
このパートでは数々の資料や、当時関わっていた人たちへのインタビュー映像などを通して、そこから展覧会がどのように実現へと至ったのか、多くの人がボランティアとしてどんなふうに結集していったのか、その軌跡が展示されている。
 
ほとんど前面に出ることなく、シャイで写真もあまり撮らせなかった吉井千代子さんの貴重なポートレイトから、その飾らない人柄と、煉瓦倉庫を守り抜いた意志の強さが感じ取れる。
 
彼女の自筆備忘録の写しが初めて公開されている。「平成12年8月16日(水) 12時半 吉野町倉庫前にて立木祥一郎氏一行を待つ 奈良美智と初会見、握手する 他女性2人・・・・・・」実は当時、『美術手帖』の大・奈良美智特集を準備中の編集部・宮村周子氏と筆者は追っかけ取材で弘前に来ており、この場に立ち会う幸運を得ていた。約80年の時を抱え、眠れる巨象のような、重厚で静謐な空間に圧倒され、興奮を抑えきれず歩き回る奈良さんと、嬉しそうに案内している吉井さんに小走りで付いて行きながら、歴史的なモーメントの目撃者となったのである。
 
展覧会をつくるには、物理的なスペース、人の力と資金が要る。いわゆる公立の美術館で開催するのであれば、あらかじめその条件が揃い、システムが整っている。しかし、このプロジェクトはゼロからの出発だった。まず、煉瓦倉庫を展覧会場として使えるように掃除から、だ。市民が組織をつくり、ボランティアを募り、協力、協賛、寄付を集めていった。そして既存のシステムに頼らず、2002年、「I DON’T MIND, IF YOU FORGET ME.」展開催を実現させる。
 
2001年に横浜美術館で開催された国内の美術館初の奈良美智展、その弘前展だ。美術館の空間とは異なる、煉瓦倉庫の武骨な趣、手づくりの運営は、いわばホームに帰ってきたように親密な空気を作品にまとわせていた。

「I DON’T MIND, IF YOU FORGET ME.」展示風景(2002年)
Artwork: ©️Yoshitomo Nara 撮影:永野雅子

その後、2005年に「From the Depth of My Drawer」展、さらに2006年の「YOSHITOMO NARA + graf A to Z」と、煉瓦倉庫での奈良美智展プロジェクトはチャレンジを続け、「市民だけで成功させた大規模な展覧会」は弘前市民の記憶に刻まれ、国内外のアート関係者の間で語り継がれることとなる。それがこの建物が現在の、弘前れんが倉庫美術館へと生まれ変わるきっかけとなった。

「From the Depth of My Drawer」準備中の様子(2005年)
Artwork: ©️Yoshitomo Nara 撮影:永野雅子

「YOSHITOMO NARA + graf A to Z」準備中の様子(2006年)
Artwork: ©️Yoshitomo Nara 撮影:細川葉子

〈のこすことは未来をつくること〉

本展展示風景 撮影:長谷川正之 Artwork: ©Yoshitomo Nara

3つの展覧会がつくられる場に立ち会った写真家、永野雅子と細川葉子。2人それぞれのファインダーを通して記録された写真を中心にしたパートである。個展形式で、奈良美智展のドローイング小屋ならぬ「写真小屋」で展示され、立体的なアルバムのようだ。

本展展示風景 Artwork: ©️Yoshitomo Nara Photo/ MON ONCLE

さらに、まるで小さな街のお祭りのようだった「YOSHITOMO NARA + graf A to Z」の展覧会バナーや会場の装飾など、開催当時を彷彿とさせる一画で、奈良の《サーフィンドッグ》や絵画、ドローイング作品の一部も展示されている。スライドショー形式の記録写真に刻まれた、奈良をはじめ参加したアーティストたち、grafのメンバー、さまざまな年恰好のボランティア・スタッフの人たちが、搬入設置、展示撤去作業やオープニング、イベントに集い過ごした時間。そして全国から訪れた観客たち。ひとりひとりにとってかけがえのない体験となったことが、写真と作品、この空間に残されている。

〈奈良美智と弘前での時間〉

本展展示風景 Photo/ MON ONCLE

18歳で上京するまで、故郷の弘前でつくられた奈良美智の感性、その一端を垣間見るパートである。彼の人生とともにあった音楽と本。美術館とは無縁だった弘前で、美術との唯一の接点はレコードジャケットだったと言う、自身のレコードコレクションと、想像力を培う土台となった書籍からセレクトして展示している。
  
作家のルーツ、背景となった時代と影響を与えたカルチャーについて思いを馳せる時間は、ちょっとしたタイムトラベルのようだ。若い人にとっては新鮮な旅だろうし、時代を共有できる世代にとっては懐かしい、センチメンタルジャーニーかもしれない。なんだ、意外と世界はあまり変わってないじゃないか、と思うかもしれない。

〈動き続ける場へ〉

本展展示風景 Photo / MON ONCLE

3度の奈良美智展は波紋となって、ボランティアやスタッフとして関わった人、観客として来た人、話に聞いた、報道で見たという人など、いろいろな動きをもたらし、行政まで動かすことになった。
 
当時、ボランティアスタッフだったというお母さんに連れられて、感心しながら一緒にこの展覧会を観ている若者の姿もあり、20年という時の経過を実感する。

本展展示風景 Photo/ MON ONCLE

このパートでは、〈弘前エクスチェンジ#05「ナラヒロ」〉として、奈良美智展のリサーチをさらに深めて演劇を創作する「もしもし演劇部」の活動と、奈良美智展のボランティア参加をきっかけにアーティストを志し、活動している佐々木怜央の作品を展示。今につながる、未来へとつなげる動きを紹介している。

佐々木怜央 「雪の様に降り積もる/2006 年の記憶から」 展示風景 撮影:⻑谷川正之

3度の奈良美智展開催の後、吉井酒造煉瓦倉庫は2015年に弘前市が取得し、芸術文化施設として整備することを決める。改修設計は建築家、田根剛が担当。「記憶の継承」をコンセプトに、外観、内部空間ともなるべくオリジナルを残して、シードル・ゴールドと呼ぶ特徴的な屋根を加えてリニューアルした。
 
2020年に「弘前れんが倉庫美術館」として開館。
 
「サイト・スペシフィック」と「タイム・スペシフィック」をテーマに、アーティストが弘前の土地と人々、美術館の空間、歴史と積極的に関わりながら作品を制作・展示する企画展を開催している。別棟のカフェではシードルの醸造を再開、記憶を継承し新たな歩みを進めている。
 
 
 
 
 
開館3年目にして開催されたこの展覧会は、弘前れんが倉庫美術館が、その足もとを見つめ、確認するために必要な展覧会なのだと思う。
 
オープニングの会場で、奈良は「僕の個展と間違わないで。これは僕の展覧会をつくった大勢の人たちの、ドキュメント展」と語った。「表層の下にあるものを感じて欲しい。公的な機関でなかったからできた、コミュニティとしての文化発信の理想的な場が、ここにあったことを。あの時、参加していた人たちが懐かしい、楽しかったね、というのも良いけれど、参加しなかった人たちが、今、自分達だったらどんなことができるだろう、と考えてくれることが、未来につながると思う。」
 
弘前出身で国際的に活躍している奈良美智というアーティストの存在があるからこそ、この美術館ができたわけだが、それだけの話にしてはいけないのだ、という彼の強い思いを感じた。
 
吉井さんという一人の市民のアイディアと行動がアーティストを動かし、人々を動かし、共感と連帯を生み出してきた「バタフライ・エフェクト」。一人の力は決して小さくない、思いを共有し行動することの可能性を今一度、考えたい。
 
美術は、美術の専門家だけのものではない。それを体現した奈良美智と、ともに展覧会をつくってきた弘前のドキュメント。大いなる旅のアルバムを見るようだ。そう、旅はまだ続けられるし、新たな行き先はどこにしよう。空想してワクワクする、そんな宝物のような時間を思い出させてくれる展覧会だった。

本展展示風景
Artwork: ©️Yoshitomo Nara Photo/ MON ONCLE

「もしもし、奈良さんの展覧会はできませんか?」 奈良美智展弘前 2002-2006 ドキュメント展

会期|2022年9月17日(土) - 2023年3月21日(火・祝)
会場|弘前れんが倉庫美術館
開館時間|9:00-17:00[入館は閉館の30分前まで]
休館日|火曜日、12月26日(月) - 1月1日(日)[ただし3月21日は開館]

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