「本歌取り」。優れた古歌の一部を引用し、新たな歌を詠み、本歌を連想させることで表現に奥行きや膨らみを持たせること。その手法は歌の世界だけではなく、絵画や茶の表現にまで広がっていった。杉本博司は日本文化に流れる通奏低音として、本歌取りがあると説く。さらに千利休の「見立て」、マルセル・デュシャンの「レディ・メイド」までを参照し、自身の作品を見せながら語ってくれた。その一部を採録する。🅼

私は22歳でアメリカに渡って、ほとんど外国人みたいになった日本人なんですが、それゆえに「日本とは何か」ということを考えさせられる人生だったなと思うんです。美術家として長い間活動する一方で、日本の古美術にのめり込んで収集するようにもなって、日本の文化はアメリカやヨーロッパと明確に違うと感じます。
 
何が違うかというと、欧米では独自性とか、ユニークネスというか、個人ということが一番尊敬される。ですから、人の真似をするというのは絶対にNGなんです。ところが人間というのは生まれてきたときから、完全に100%オリジナルのものはあり得ないわけです。生きてきた文化の中でも伝承されている下地があって、それをもって新しい時代を切り拓いていくということになると思うんですけど、日本の場合はそれを非常に意識化して、「本歌取り」という伝統があるんです。

新作の《立岩図屏風》を前に現代美術作家の杉本博司氏 Photo/ MON ONCLE

たとえば『古今集』から『新古今集』になっていくということ。その『古今集』の前に『万葉集』があって、歌の上の句、下の句の一部を引用しながら新しい歌を作るという伝統があって、それを「本歌取り」というわけですけど、それだけに限らず、お茶でも華道でも香道でも、どんなものでも前の時代の良いところを借りながら、今の時代に即した表現を探していく。日本文化全般に渡る「本歌取り」じゃないかと思うようになったんです。
 
西洋では本当に革命を起こして、前の時代を壊して、新しいものをつくる。フランス革命のように王様は殺して、それで共和制というまったく新しいシステムをつくる。それもまた壊して、共産主義という新しい理念のもとに、資本家を排除して、また新しくシステムを作る。そういうのではなくて、日本では天皇制というのが古代からずっと続いていて、それが少しずつ変容を遂げながら、その時代時代に即して今に至っていると。
 
話は長くなるので、ガイドをしながら、要所要所を説明していきたいと思います。

杉本博司《日本海、隠岐》1987年 ©️Hiroshi Sugimoto

これは海景の初期、1987年の作品で日本海の隠岐から撮った海です。後鳥羽院(1180年 – 1239年)が隠岐に流されたわけですよね。承久の変。天皇が武家によって流されるなんて前代未聞。天皇制の大転換期なんです。後鳥羽院が島に着いて詠んだ歌があります。
 
「我こそは新島守よ隠岐の海の荒き波風心して吹け」
 
島流しにあっているにも関わらず、まだ自分は天皇であるという気概を持っているんです。隠岐の海の風に、私が来たのだから心して吹けよと命令している。自然に対してまで命令しているんですね。どんなところで詠んだのだろうと気になって、その場所を探しに行きました。そうしたら、200メートルの断崖の場所があって、ここに違いないと思いました。それで8×10の大判カメラで撮ったら、そのときに心したのか風が吹きました。あの後鳥羽院の歌を写真でもって再現できた。これは完全に本歌取り。これこそ和歌から取ったイメージで本歌取りというわけです。

《月下紅白梅図》

尾形光琳(1658 – 1716)の三百年忌である2015年に熱海のMOA美術館で「光琳ART 光琳と現代美術」という展覧会が開催された際に光琳に関係するような作品をつくってほしいということで、同館が収蔵する国宝《紅白梅図屏風》を当時、世界最高のデジタル撮影技術で撮影し、それをプラチナプリントで仕上げたのが《月下紅白梅図》です。

特別展「杉本博司 本歌取りー日本文化の伝承と飛翔」展示風景 ©️Sugimoto Studio
杉本博司《月下紅白梅図》2014年 二曲一双

プラチナプリントというのは19世紀の手法で、主流となる銀塩写真が銀を使う代わりにプラチナを使うのですが、引き伸ばしができず、密着でしかプリントできなかったのが、近年のデジタル技術で伸ばせるようになり、和紙のような紙にもプラチナプリントの乳剤を塗布してプリントできるということになって、初めて実現した作品です。プラチナプリントの特徴というのは、黒の表現が銀塩写真と全然違います。こういう幹の上の苔ですとか、こういうものが黒く潰れるところが階調豊かに表現できる。ただし、非常に高価ですね。
 
夜に紅白梅を見たらどうなるかということで、想像上の満月がこの上にあって、それが川面を照らしている。よく見ると、川のある部分が他より明るめになっているんです。そこに月の明かりが反射しているということです。梅はその香りが歌に歌われますね。この香りはあの人が近づいているしるしとか。見えなくても香りでわかる。だから特に夜の場面で梅は詠まれます。
 
今回また須田悦弘さんの木彫の梅を散らすことをお願いして、こちらに白梅、こっちに紅梅が散っています。ちなみにこの下にある図版が本歌である《紅白梅図屏風》。これは国宝ですし、買えませんので自分で本歌取り(本歌撮り)をして屏風にしました。サイズから何まで全部同じです。

《立岩図屏風》

ワシントンDCのフリーア美術館に俵屋宗達の《松島図屏風》というのがあります。

俵屋宗達《松島図屏風》 左隻 江戸時代(17世紀) フリーア美術館
Gift of Charles Lang Freer, F1906.231-232
俵屋宗達《松島図屏風》 右隻 江戸時代(17世紀) フリーア美術館
Gift of Charles Lang Freer, F1906.231-232

この美術館の収蔵品は館外に出してはいけないというのがチャールズ・ラング・フリーアの遺言ですから、この絵が日本に帰ってくることはまずない。波と洲浜が描かれた絵なんですが、あるとき丹後半島の先をドライブしていたら、こういう景色があって、これは《松島図屏風》に近いものがあるなということで、デジタルで撮影しました。

杉本博司《立岩図屏風》2022年 八曲一隻 ©️Sugimoto Studio

最近では和紙にプリントできるので、四国の阿波のロール和紙に出力しています。ニューヨークに住むフランス人の友人が、こういうものがあるぞというので送ってもらって作り始めたのですが、和紙ですから、屏風にもできると。数年前まで、デジタルを毛嫌いしていたんですけど、先ほどの《月下紅白梅図》ができたことで、毛嫌いしないでこれに挑戦してみようと思い、今、屏風制作にちょっと集中しています。
 
この《立岩図屏風》もデジタルでカラーで撮っているわけですから、色味は調整できて、水墨画のように見えながら、松島図のようにある灌木はよく見ると緑色なんですよね。空も薄空色とでもいうんですかね、室町の水墨画で淡く色を足しているという、そういう感じを再現しようとしているんです。

《天橋立図屏風》

特別展「杉本博司 本歌取りー日本文化の伝承と飛翔」展示風景 ©️Sugimoto Studio
伝 能阿弥 重要文化財《三保松原図》室町時代(15世紀)兵庫県立美術館 潁川コレクション

こちら《三保松原図》です。所蔵館である兵庫県立美術館 蓑豊館長に解説していただきましょう。
 
蓑「潁川美術館を運営する財団が解散したことで、潁川コレクション、およそ250点は兵庫県立美術館の所蔵に帰したのですが、重要文化財が4点あってその一つがこの《三保松原図》です。室町の水墨画の最高傑作と言えます。いずれは国宝になるのではないかと思うんですけど。よく見てください。神景図のように松原を描いています」
 
杉本「能阿弥の」
 
蓑「能阿弥と言われています。はっきりとはわかりませんが室町を代表する絵師の手になるものでしょう。もともとは屏風だったと思いますが、現在は掛け物になっています」

兵庫県立美術館館長の蓑豊さん Photo/ MON ONCLE

杉本「掛け物でもいいと思います」
 
蓑「そうですね。戻すよりはこのままの方がいいでしょう」
 
杉本「《天橋立図》という雪舟の国宝があるんですけれども、はっきり言って僕はこちらの方が好きです。この《三保松原図》が頭の中にあって、天橋立に行ってみて、やはり屏風にしてみようとつくったのがこれです。一双で15メートル、もっとあるかな。展示室の引きがなくて全景が見られない」
 
蓑「一番大きな屏風ですね」

杉本博司《天橋立図屏風》(部分)2022年 ©️Sugimoto Studio

杉本博司《天橋立図屏風》2022年 八曲一双 ©️Hiroshi Sugimoto

杉本「天橋立っておもしろいんです。先端だけ途切れているところがある。最後に橋がかかっているんですが昔からあの橋はあるわけですよね。雪舟の方はドローンで見たような鳥瞰図のような絵なんですけど、こちらの《天橋立図屏風》は普通の視点から見ています」
 
蓑「これは船から撮ったんですか?」
 
杉本「いや、お寺があってそこから見ています。橋が朱色の橋で、そこだけ少し色を入れています」

《カリフォルニア・コンドル》

特別展「杉本博司 本歌取りー日本文化の伝承と飛翔」展示風景 ©️Sugimoto Studio
左:杉本博司《カリフォルニア・コンドル》1994年 杉本表具
右:伝 牧谿《松樹叭々鳥図》室町時代(15〜16世紀)藤田美術館

右は中国南宋時代の画僧、牧谿。室町将軍家に伝わる名品中の名品。藤田美術館からお借りしています《松樹叭々鳥図》です。描かれているのは叭々鳥。ハッカチョウとも呼ばれ、ムクドリの仲間です。この絵を思いながら撮影したのが左の《カリフォルニア・コンドル》という作品です。これ、並べて見ると、鳥たちが今にも出たり入ったりする感じがしますよね。

杉本博司《カリフォルニア・コンドル》1994年 杉本表具 ©️Sugimoto Studio

もう一つ、このカリフォルニアの渓谷の描写に関してです。これは本当に室町水墨画のように撮りたいと、頭に入っていたんですね。具体的に何をイメージしたかというと、ここに本歌がありますけど、これもまた牧谿ですが「瀟湘八景」から《煙寺晩鐘図》(国宝・畠山記念館)。この煙霞む遠くにお寺があって、鐘が鳴っているというこの情景を背景に再現したいなと思いました。本歌が2つあって、《松樹叭々鳥図》と《煙寺晩鐘図》というわけです。

その2つを想って、この《カリフォルニア・コンドル》を撮りました。撮影、それから、現像液の調合を試しながら、これは完成に至りました。自分でも見比べて、けっこううまくいってるのではないかと感じています。

  *     *     *

ここでは展示の一部、杉本氏の写真作品とその「本歌」についての話を中心にまとめてみた。
展覧会では、杉本氏がヴェネツィア、ムラーノ島の工房でディレクションしたガラス茶碗なども展示されている。古代硝子の調合ができるというその工房で硝子に適度に不純物を混ぜ、気泡まで再現した。出来上がった丸碗をカット硝子の職人に託し、削ってもらった。これは、正倉院宝物であるササン朝ペルシア 6世紀頃の《白瑠璃碗》が欲しいと思った杉本氏が「本歌取り」したものとなった。

村野藤六作(杉本博司)《硝子茶碗 銘「私倉」》2014年 と杉本氏。
下の写真は《白瑠璃碗》ササン朝ペルシア(6世紀頃)正倉院宝物 Photo / MON ONCLE

写真や立体作品で独自の表現を展開してきた杉本氏、古美術品の収集活動でも目を見はるものがあるが、創作と収集を自由自在に行き来し、次々と彼でなければできない創作や活動の秘密を少しだけ垣間見せてくれている展覧会だ。その秘密の部屋は「本歌取り」という鍵を渡してもらうことで扉が開いたのだった。

「杉本博司 本歌取り―日本文化の伝承と飛翔」

会期|2022年9月17日(土) – 11月6日(日)
会場|姫路市立美術館
開館時間|10:00 – 17:00[入場は閉館の30分前まで]
休館日|月曜日
■会期中展示替えあり

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