突然ですが、朝食ビュッフェ、あなたは「必ずカレー派」ですか? 「なぜカレー?派」ですか? 美術史の豊かな知識を土台にして、当代一の画力を武器にどこにもない絵を生み出す。そんな人気画家、山口晃ガハクは夫婦揃って食いしん坊。日常で、旅で、制作中の日々で、散歩の途中で何を食べてるの? ガハクが日常を描くコミックエッセイ『すゞしろ日記』に「カミさん」として登場するガハク妻による食事帖。🅼
絵/山口晃

第3日:朝カレーに対する疑問と信州郷土料道

宿泊しているJCホテルの朝食は信州の旬の味覚を全面に押し出していて、なかなか充実していた。
昼も夜もお弁当という生活の中、調理場で作られた温かい品々を朝に食べられたことは相当な救いになった
 
朝食ルームは最上階の16階に位置し、大きくとられた窓の外に全面にひろがるパノラマビューが目に心地よい。
運良く窓際のカウンター席に案内されれば、間近に迫るなだらかな山の緑と、ゆるやかに流れる朝もやなどが間近に感じられ、まるでテラスにでもいるような錯覚を起こす。
 
お料理の方は信州郷土料理としておやきやらお蕎麦などは当然あるとして、特筆すべきは漬物類などのトッピング系の充実だろうか。
野沢菜、すんき漬け(赤カブ葉の乳酸発酵漬物)、なめ茸、オクラ、とろろ、鶏そぼろ、しょうゆ豆などなど。
その中でも目を引いたのが、形はそら豆に似て縁は白く中心部は黒という、ハロウィン的インパクトのある見た目の「くらかけ豆」。
味の方はシンプルに塩味で煮てある風でやや歯応えがあった。
調べたところ馬の背に鞍を乗せたよう見えるので鞍掛豆というのだそうで、別名パンダ豆というのにも納得。
 
お蕎麦のトッピングとして置いてあった「えのき氷」なるものも珍しかった。変色したとろろのような薄灰色のドロッとした液体で見た感じは非常に地味。
味も初心者には勘所がつかみにくく、それ自体の味があるようなないような、えのきと名乗っているのでたぶんそうかも、と感じられる程度ですべてにおいてひっそりしているけれども、ホテルにて作られたと説明の札がついており、おそらく手間のかかる一品なのではと推測した。
こちらも後ほど調べたところ、えのきをミキサーでペーストにして凍らせたもの、とのことで名前の通りだが、凍らせる前に1時間位煮つめる過程があり、忙しいホテルの厨房でその作業をしているという点に郷土愛が感じられる。
 
以前お米屋さんで、長野のお米は硬めと聞いたことがあったが、ここで提供されていた白米は確かにいい感じの硬さがあった。
京都のあの独特のふんわりやわらかいご飯の対極といえようか。
わが家では炊飯器の設定を「ややしゃっきり」にしており硬めの炊きあがりが好きなので、ビュッフェのご飯のことは相当に気に入った。
 
そんな信州色全面の(注:もちろんパン類など洋食系も置いてあります)品々の中で・・・やはりあった「カレー」の存在。
だいたいのホテルの朝食ビュッフェにて見かけ、いつのまにか定着していた一品。
定番化しているからには朝からカレーを食べる人がそれだけいるということになる。
私は正直なところ「なぜカレー?派」。
一方ガハクは「必ずカレー派」だ。

私としてはトレイに載せる選択を和風のみ、洋風のみ、もしくは和洋折衷としても、カレーが入ることですべての調和が台無しになる気がしてしまうのだ。
カレーは味の主張も強く、食感ももたっとして重い。
すべてカレーに持っていかれて何もかもがカレーになって口の中にカレーがずっと残って結局印象はカレーで終わってしまう、と感じるので、正直朝カレーは許しがたい。
 
では何がそんなにいいのか検証すべく、自らも朝のカレーを試してみようと何度も思ったが、いざとなると一日の始まりの重要なご飯にそれを組み入れる気持ちの余裕はなく、また次回にしようと決断するのが常で、この度も4泊したにも関わらず私がカレーを口にする機会はなかった。
 
周りを見渡すとかなりの確率で主に男性たちがカレーをいそいそとご飯茶碗に盛り付けている。
なぜ朝からカレーを食べるのかガハクに、折に触れてその心境を尋ねてきたが、今回も改めて聞いてみた。その回答は下記の通り。
「だっておいしいから、カレーは」
「あれば食べるでしょ。食べない理由が分からない」
「でも家では朝カレーはいらない」
「ちょっとだけ一口食べるのがいい」
絶大に朝カレーを支持している割に簡単な答えで、毎回納得がいかない・・・
またいつか同じことを聞くだろう。
 
そういえば昔インドに行った際、ホテルの朝食ビュッフェで普通にカレーが何種類も置いてあった。その時、汁気の多いカレーを口に含みながら、そうか、インドの人たちにとってこれは味噌汁みたいなものなのかも、と思った。日本のそれは違うカレーだけど、どこかカレーは味噌汁になれる要素があるのかもしれない。
 
ところで、朝食ビュッフェの一品にも入っていたが信州郷土料理定番におやきがある。
初日は私も食べてみたが、専門店の品ではないことを差し引いてもぱっとしなかった。
この度の長野滞在でガハクとも話し合ったが、おやきはどういう点においておいしいのか不可解である、と奇遇にも意見が一致した。
仮にも多くの人々から愛されている食べ物に対して否定・批判をしたくないのだけれど、皮と餡の折り合いをどうつけたらいいかが未だ分からない・・・。
次こそはきっと、と期待させるのでおいしくなる要素があるはずなのに、どうしてだろう。
たぶん正解のおやきを経験していないのだろうと思う。
 
私の母が長野出身であることは前述したが、うちではおやきが話題にもおやつにも出たことがない。
県内でも食文化圏が違うのかもしれないと推測し、確認のため母に尋ねてみたところ、それは北部(長野市などが入る)のものだ、と素っ気ない反応が返ってきた。
母の実家は県南西部に位置する木曽にあり、代わって思い出話として楽しげに語ってくれたのが「朴葉巻き」と「五平餅」についてであった。
 
ここで少し横道にそれるが、今頃になって初めて聞いた話が興味深かったので「朴葉巻き」の方だけでも観光案内的に書き留めておこうと思う。
 
朴葉巻きとは、米粉をこねた生地に餡を入れて朴の葉で巻いて蒸し上げられたもので、分類的にはもち菓子になる。
料理でも朴葉焼きなどで使われる葉は長さ30cmくらいとかなり大きい。
その葉っぱの柄の方は折り込まず残してもちを巻くため、お菓子1個は全長15センチ近い長さになるが、中身自体は直径4〜5cmほど。
葉で巻かれて押さえつけられるせいか中の形はわりといびつで、味も至って素朴ながら、ほんのり朴葉の香りがするところに品がある。
 
木曽は寒い地方なので端午の節句が1ヶ月ずれて6月始めにおこなわれていたそうで、朴葉巻きはそのお祝い用お菓子という位置づけになるとのことだった。
ただ、厳密な意味合いはなく(実際、母の家は四姉妹で男の子はいなかった)どの家庭でもそのくらいの時期になると一家総出で朴葉巻きを作るのが通例だったそう。
葉っぱは男衆が山に取りに行き、子どもたちがそれを洗って準備する。
もちろん餡も手作り。
私の祖父はつぶ餡が好きでなかったそうで、こし餡を作るための裏ごし作業がひと手間だったようだ。
もちを葉に巻いていくのは子供の仕事で、い草(畳の材料の)で葉を縛って留めたとのことだった。
 
そして驚いたのはその食べ方。
「朝から皆で作って、午前中かかってでき上がるじゃない。そうしたら好きなだけ、お腹いっぱいになるまでお昼ごはんとして朴葉巻きを食べるのよ」
「え、朴葉巻きだけを?」
「そうそう食卓の真ん中に山盛り置いてねー」
栄養にうるさい母なのに、この激しく偏ったお昼ごはんは容認?
 
母の家は祖父母も一緒に住んでいたので、姉妹も入れると総勢8人家族。
「そうすると100個くらいつくったということ?!」
「そんなに作ったかしらね」
「でも翌日にも少し残ったのであれば一人10個近く食べるとしてそのくらいになるよね」
「そうかしらねー・・・」
季節になると母がわざわざ木曽から通販を手配して、うちには朴葉巻きが送られてくる。
おいしいけれどやたら沢山送って来たがるので、食べきれないから少しでいい、と毎回やりとりしていたが、それにはこんな背景があったのだ。
ガハクに聞いてみる。
「朴葉巻き、いつも送られてくるけど好き?」
「きらいじゃないね」
ガハクには、常軌を逸するくらい大好きな「焼きまんじゅう」という故郷群馬特有の品があるので反応はこの程度。(焼きまんじゅう、についてはまたいずれ)
 
3日目お昼:長野東急で入手
・白身魚西京焼きのお弁当 ガハク
・のり弁当 私
・トマトが主役の赤いサラダ *ネーミングからしてチェーンの店製
・ケーキ屋の焼き菓子(キューブ状アールグレイ風味)

お昼は普通にお弁当なお弁当。
焼き魚専門のお惣菜屋のものだったので特に不可なし。
食後のお口直しに昨日買った焼き菓子を食べたりして、気分良く過ごす。
ただし、ガハクの制作状況は深刻だった。
 
3日目夜:長野東急で入手
・冷製トマトパスタ *食品売り場
・北海鮮丼 *北海道フェアコーナーにて
・ワインにおすすめ前菜 *チェーンの某ドイツハム店
・エビとブロッコリーのサラダ *チェーンの某ドイツハム店
・昨日残りの白ワイン
 
〇〇フェアなるものに気を引かれたのがよくなかったようで、夜は全体にいまひとつ感があったが、長野に来てから朝ごはんが充実しているのでやり過ごせた感じがする。
しかし、ひとつもやもやとした心残りが・・・・。
 

■次回「ヒゲのガハクごはん帖」は12月第2週に公開予定です。

●山口晃さんってどんな画家?
1969年東京都生まれ、群馬県桐生市に育つ。96年東京藝術大学大学院美術研究科絵画専攻(油画)修士課程修了。 2013年『ヘンな日本美術史』(祥伝社)で第12回小林秀雄賞受賞。
日本の伝統的絵画の様式を踏まえ、油絵で描く作風が特徴。都市烏敵図・合戦図などの絵画のみならず立体、漫画、インスタレーションなど表現方法は多岐にわたる。
主な個展に、2015年「山口晃展 前に下がる下を仰ぐ」(水戸芸術館現代美術ギャラリー、茨城)、18 年「Resonating Surfaces」(大和日英基金ジャパンハウスギャラリー、ロンドン)など国内外展示多数。
2019年 NHK大河ドラマ「いだてん 〜東京オリムピック噺〜」のオープニングタイトルバック画を担当し、22年善光寺(長野)へ《善光寺御開帳遠景圖》を奉納する。
2023年9月アーティゾン美術館にて個展開催予定。

「朴葉巻き、いつも送られてくるけど好き?」
「きらいじゃないね」

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