川内倫子《無題》(シリーズ「M/E」より)2020

個展「川内倫子:M/E 球体の上 無限の連なり」が東京オペラシティ アートギャラリーで開催中だ。熊本市現代美術館以来6年ぶりの大規模な展覧会となる。
過去10年の代表的なシリーズとともに、展覧会タイトルとなった新作「M/E」を発表している。🅼

聞き手・文=住吉智恵[アートプロデューサー・RealTokyoディレクター]

2019年から取り組む新作「M/E」では、アイスランドの氷河や休火山、冬の北海道の雪景色など壮大な風景と、コロナ禍に千葉の自宅周辺で家族と過ごした日常の風景を並行して写しとった。
 
「M/E」とは、母(Mother)と地球(Earth)の頭文字。続けて読むと「母なる大地(Mother Earth)」となり、「私(ME)」でもある。
 
展示を鑑賞した後、川内が数年前に移り住んだ千葉の自宅を訪ねた。アイスランドの火山の「現場」はそうそう追体験できないが、暮らしの傍にある創作の対象となった風景に出合ってみたいと思ったのだ。(久しぶりに会ってゆっくり話したかっただけともいえる)
 
いくつもの大きな窓から光がふんだんに射し込み、デッキから庭へと風が通り抜けるその家は、川の流れを見下ろす斜面の上に建てられていた。
 
「うちのプライベートリバーみたいな感じかな」と鉄の足場を伝って河原へ降りながら川内は言った。たえずせせらぎの音が聴こえる立地が、この土地に家を持とうと思った決め手だったという。
 
都内に暮らしていた頃にも多摩川の川堤にある部屋を訪ねたことがあるが、彼女の生活と表現、どちらにとっても川は大切な環境なのだろう。

「鮎の時季に数回釣りに来るおじさんのほかは、ほとんど誰も来ない場所です。春はヤマフジの花、初夏は新緑が目に痛いほど鮮やかで。自然は四季折々に豊かさを見せてくれます。新作の『M/E』では、自分からどこかへ撮りにいくものと、すでにこの場所にあるものを混ぜてみました」

「混ざりあっていること」は川内倫子の作品と私たちを取り巻く世界を表す性質のひとつだ。
 
マクロとミクロの視点で捉えた自然を同じ地平で混在させた「M/E」のほか、本展の多くのシリーズはデビュー以来20年以上にわたる過去作品と未発表の新作が並列されている。

2点ともに、川内倫子《無題》(シリーズ「M/E」より)2021

象徴的な正方形のフォーマットの「An interlinking」では、囁きかけるような親密な眼差しで捉えた自身の娘や小さな生きもの、あるいはさまざまな物質や現象のイメージが、本展のタイトルの通り、とめどなく連なる。

川内倫子《無題》(シリーズ〈An interlinking〉より) 2015

デュアルの映像インスタレーション「Illuminance」も展示のたびに新たな映像が加えられていく作品だ。タイミングをずらしながら上映される2つのスクリーンは観るたびに瑞々しい物語を紡ぎ、いつまでも目を逸らすことができない。
 
これらの作品は人生の幕引きに脳裏を巡るという走馬灯のようでもあり、むしろ生きることを過小評価も過大評価もせずアップデートする、無限ループのパラパラ漫画のようでもある。
 
「永遠に終わらない作品です。老舗のうなぎ屋のたれみたいに映像を継ぎ足していく。ランダムなイメージの並びは、偶然と必然が代わる代わる現れるようにも思えます。人生にもそういったメタファーが隠れている。以前タロットの読み解きを学んだことがありますが、写真の視点も、人の出会いも、同じように寓意性に満ちています」
 
また、東日本大震災の被災地で出会った、白と黒のつがいの鳩を捉えた『Light and Shadow』は、2012年筆者の主宰するTRAUMARISでの個展が巡回の端緒となった作品だ。
 
瓦礫と土砂で傷ついた土地の風景と混ざりあうように映し出されていたのは、懸命に生をまっとうしようとする鳥たちや春を告げる植物の芽吹きだ。当時それぞれの意図で被災地を撮影した写真家は多かったが、川内のカメラが捉えた風景はそれまでに培った独自の視点を保ち続けていた。

川内倫子《無題》(シリーズ「光と影」より)2011

一方、「あめつち」と「M/E」では阿蘇やアイスランドの地に魅了され、壮大な自然への畏敬の念に突き動かされて制作した。そこでしか対峙し得ない大地の神秘を覗き込んだ体験は、その後の川内の創作活動の骨格になったという。
 
「アイスランドでは、出産後だったこともあるけれど、火山の火口が子宮口のように見えて、マザーアースという単語が自然に浮かんできました。地球との距離感を初めて近く感じて、地球のなかに包まれる安心感と、死と隣り合わせの畏怖とが表裏一体でした」

川内倫子《無題》(シリーズ「M/E」より)2019

結婚と出産を機に自然とともに暮らすことを決め、この家を建てて田舎暮らしを始めた。それまで仕事や会食で埋めていた部分を、自然な形で生活が埋めたという。
 
「前はとにかくよく飲んでましたよね。普通の生活をちゃんとするようになると、制作のための体力やメンタルを健康にキープできる。若いときは自分をギリギリまで追い込みがちだったけれど、子どもが引き戻してくれました。子どもがいたからこそ撮れたものもあったと思う」
 
都内から一時間強の距離だが、家の前には川が流れ、近所には田んぼや畑。私たちの世代が子どもの頃は当たり前にあった自然環境が残っている。
 
コロナ禍で自宅から出られない時期も、遠方に探しに出かけなくても、撮りたくなる対象は手の届くところにあった。この日も近所を散歩しながら話していると、道に干からびた蛇の抜け殻を見つけてふとしゃがみ込む。
 
「こういう小さな生きものとか、道ばたや庭の草花も、このあたりで撮った作品のほとんどは、私より先に子どもや夫が見つけてきて『撮ったら』と教えてくれたものです。チーム感ありますよね」
 
アーティストが心身ともに充実した制作をするために、「拠点」や「環境」がいかに重要であるかという問題は、コロナ禍以前から注目されてきた。川内にとっても居住環境やライフスタイルの変化は、彼女の作品に伸び伸びとした豊潤さと、持続するための安定をもたらした。
 
一方で、彼女が惹きつけられる対象や、被写体に向けるシームレスで水平的な視線はそれまでとまったく変わっていない。
 
悠久のときを経て生成された自然も、身の回りの小さな動植物や家族との日常も、等しく価値のあるものとして撮り続けてきた。生と死を取り巻くあらゆる事象がその視線の先にあり、どんな生命も神秘や輝き、儚さ、力強さを宿すことを表現してきた。
 
その姿勢こそ川内倫子の作品世界そのものである。
 
スケールも次元も遥かにかけ離れているようで、同じこの星の上で起こっている営みに、彼女の澄んだ眼差しが変わらず注がれている。そのことがいま苛烈な世の中だからこそ、深い安寧を感じさせてくれる。

川内倫子:M/E 球体の上 無限の連なり

会期|2022年10月8日(土) - 12月18日(日)
会場|東京オペラシティ アートギャラリー
開館時間|11:00 - 19:00[入場は18:30 まで]
休館日|月曜日[祝日の場合は翌火曜日]
お問い合わせ|050-5541-8600(ハローダイヤル)

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