デイヴィッド・ホックニー《春の到来 イースト・ヨークシャー、ウォルドゲート 2011年》2011年 ポンピドゥー・センター © David Hockney Photo/ Richard Schmidt デイヴィッド・ホックニー展[7/15 – 11/5|東京都現代美術館]出品作品

現代アートファンの皆様、お待たせしました。今、まさに生まれているアート。作る側と観る側が世界の様々な問題を共有し、それを表現に反映させたアート。そういうものを真剣に見ておきたいという気持ち、わかります。国内外の多くのアーティストにインタビューし、自らキュレーションも手がける住吉智恵さんが選んだ「今年見逃したくない」展覧会のリストから以下、解説します。

デイヴィッド・ホックニー展

60年以上にわたるキャリアを通じて、現代で最も革新的な画家の1人と目されるデイヴィッド・ホックニー(1937- )。
日本では27年ぶりとなる大規模個展が開催される夏がいまから待ち遠しい。

2017年に生誕80年を記念してロンドンのテート・ブリテンで開催された回顧展でも、年代が新しくなればなるほどヴィヴィッドに、大胆に、天真爛漫になっていくその作品世界に陶然とした。
1960年代にアメリカ西海岸へ移住して描いた初期作品に見られる、絹織物のような光と質感の表現は唯一無二のものだ。

デイヴィッド・ホックニー《クラーク夫妻とパーシー》1970-71 年 テート © David Hockney Photo/ Richard Schmid

近年はiPhoneやiPadを使いこなし、浮世絵を思わせる独自の抽象表現を生かした“筆遣い”で身のまわりの風景を描き続ける。
近年の集大成である故郷ヨークシャー東部の自然を描いた大型絵画のシリーズにも圧倒されたが、ロックダウン中に北フランスのノルマンディーの古い農家を買って引越してから描いた全長90メートルに及ぶパノラミックな新作がどのように展示されるのか、期待が高まる。

上2点|デイヴィッド・ホックニー《ノルマンディーの12か月 2020-2021年》(部分)2020-21年 作家蔵 © David Hockney

この3年、ステイホームの新しい生活様式を通して、最も安全で私的な自然である「庭」の魅力を再発見した人も多いだろう。
ホックニー翁の描く「庭」と呼ぶにはあまりに豊かな田園の風景は、自然という対象が画家の自慢のカラーパレットの壮大な実験場であり、安寧にみちた最果ての楽園であることを想像させてくれる。

デイヴィッド・ホックニー展
会期|2023年7月15日(土)- 11月5日(日)
会場|東京都現代美術館 企画展示室1F / 3F

ケアリング/マザーフッド:「母」から「他者」のケアを考える現代美術
-いつ・どこで・だれに・だれが・なぜ・どのように?-

人は誰しも相互に依存し、迷惑をかけ、支え合って生きている。だが、他者を慮り、世話をするケア活動のワークシェアバランスは家父長的な社会構造のままである。当事者である家族間ではそのバランスは特に不均衡で、当たり前のように家族のケアは女性の役割とされてきた。

ケア労働とその担い手をめぐる問題は、超高齢化が進み、女性の経済的自立を促すべき日本社会にとって喫緊の課題であるにも関わらず、未だ政策や制度に反映されていない。人手不足や低賃金も追い討ちをかけ、介護や保育の逼迫した現場では毎日のように痛ましい事件が起きている。

本展では、「ケアリング」と「マザーフッド」という、先入観で一緒にされてしまいがちな言葉をあえて並置し、社会とケア、ケアとその担い手の関係をほぐし編み直そうとする。

1960-70年代の第2波フェミニズムを背景に生まれた女性作家の表現。
写真家・石内都が同性として客観的に亡母の遺品に向き合う《motherʼs》。

石内都《mother’s #38》 2002年 東京都写真美術館蔵

「重力」や「愛」を互いの足裏で感じる装置で、見えない関係性の可視化を試みた二藤建人。
「見えない存在」として社会を支えてきた移民労働者の女性の姿をノスタルジックに描くマリア・ファーラの絵画。

二藤建人《誰かの重さを踏みしめる》2016-2021年 Courtesy of LEESAYA

マリア・ファーラ《鳥にえさをやる女》2021年 個人蔵 Courtesy of Ota Fine Arts

近年、家族の介護や世話を否応なく担わされるヤングケアラーの存在にも注目が集まる。いまは自分には無縁と思う若い世代の人たちにこそ観てほしい展覧会だ。

ケアリング/マザーフッド:「母」から「他者」のケアを考える現代美術―いつ・どこで・だれに・だれが・なぜ・どのように?―
会期|2023年2月18日(土) – 5月7日(日)
会場|水戸芸術館現代美術ギャラリー

森美術館開館20周年記念展
ワールド・クラスルーム:現代アートの国語・算数・理科・社会

現代美術の視点や領域はますます複層的かつ越境的になり、すでに20世紀の終わり頃から、学校で教える「美術」や「図画工作」の枠を越えて多元的に成熟してきた。最近では「アート思考」なるものを通して、閉塞する実社会でブレイクスルーを目指す起業家やビジネスパーソン向けの講座も盛んに行われているようだ。

本展では、国語・算数・理科・社会といった学校の教科を入り口として、世界中の研究者たちが実践してきたように、「見たことのないもの」「わからないこと」「知らなかった世界」に向き合う機会を創出しようとする。同時代を生きるアーティストが常識や既成概念をクリエイティブに越えていこうとする姿勢に注目したい。

宮島達男《Innumerable Life/Buddha CCIƆƆ-01》 2018年 所蔵:森美術館(東京) Courtesy: Lisson Gallery 撮影:表 恒匡

出展作品の半数以上を森美術館のコレクションが占める一方、本展のための新作も披露される。
日本人作家では、大人になって始めた陶芸の工房から従来の枠に収まらない自由な創造性を羽ばたかせる梅津庸一の展示が楽しみだ。
海外作家では、異文化の象徴的な素材やイメージを通して民俗や社会の様相を考察し、「第13回ベネッセ賞」を受賞したヤン・ヘギュ(韓国)に注目したい。

梅津庸一《黄昏の街》2019-2021年 所蔵:森美術館(東京) 撮影:今村裕司  画像提供:艸居

ヤン・ヘギュ 展示風景:「ヘギュ・ヤン:コーン・オブ・コンサーン」マニラ現代美術デザイン美術館 2020年 撮影:アット・マキュランガン ※参考図版

森美術館開館20周年記念展 ワールド・クラスルーム:現代アートの国語・算数・理科・社会
会期|2023年4月19日(水) – 9月24日(日)
会場|森美術館

さばかれえぬ私へ
Tokyo Contemporary Art Award 2021-2023 受賞記念展

ミッドキャリアの作家を対象に、複数年にわたる支援によって更なる飛躍を促す、東京都とトーキョーアーツアンドスペースが実施するアワード「Tokyo Contemporary Art Award (TCAA)」。第3回となる「TCAA 2021-2023」受賞者の志賀理江子、竹内公太による受賞記念展が開催される。

宮城県移住後に起きた東日本大震災で被災した志賀は、12年にわたる復興計画の渦中で国家や巨大資本の力に圧倒されながらも、人間社会と自然、生と死をめぐる思考や土地に根ざした記憶をもとに制作を続けてきた。
本アワードの支援をもとに、この2年間は自身のスタジオをオープンスペースとし、さまざまな人を招いたトークやワークショップなどの活動から得た多角的な発想を展示に反映する。

志賀理江子《バイポーラー》よりスチル画像 2022年

原発事故を契機に福島に移住した竹内公太は、「福一」の作業員らしき人物が監視カメラに向かって指を差す作品で注目を集めた。
本展の新作では、第二次大戦中に日本がアメリカを攻撃するために放った「風船爆弾」の着地点のひとつをグーグルマップと米軍の文書記録から特定した。本アワードの支援により現地アメリカでの調査を進め、さらに風船爆弾の発射地のひとつである福島県いわき市民との散策会を敢行した。

竹内公太《地面のためいき》 2022年 インスタレーション Photo/ 川越健太

震災の爪痕の残る地を拠点とする2人の作品は、現在も災害や疫病、戦争の禍に翻弄され、「新しい戦前」の予感に脅かされる人間に示唆を与え、コミュニケーションの本質を穿つものになるだろう。

さばかれえぬ私へ Tokyo Contemporary Art Award 2021-2023 受賞記念展
会期|2023年3月18日(土) – 6月18日(日)
会場|東京都現代美術館 企画展示室3F

杉本博司、奈良美智、山口晃・・・

杉本博司は、松濤美術館で開催予定の「本歌取り 東下り」(仮称・9/16 – 11/12[予定])を準備中だ。昨年、姫路市立美術館で開催された個展の一部巡回と続編とも呼べるもので、和歌の伝統技法である「本歌取り」を日本文化の本質的な営みと捉えて自身の創作に援用したシリーズの新作展となる。姫路の展示では、国宝級の古美術から中華料理店の品書きまで、杉本のコレクションの数々を奇想天外な組み合わせで展開し、懇切丁寧にキャプションでオチを明かすという、やりたい放題であった。今回もあまり構えず一発ギャグとして楽しむのもいいと思う。

奈良美智は、巨大壁画が常設されている十和田市現代美術館、開館記念展に連なる個展が昨秋開催された弘前れんが倉庫美術館に続き、今秋からは青森県立美術館での個展をひかえている。
詳細はまだ発表されていないが、自身の郷里である青森県広域に点在する(めっちゃ離れている)美術館やアートセンターを有機的に繋ぐ構想を10年以上前から語ってきた奈良にとって、今回が集大成となる展示構成になりそうな予感。

アーティゾン美術館では「ジャム・セッション 石橋財団コレクション×山口晃 ここへきて やむに止まれぬ サンサシオン」(9/9 – 11/19)が予定されている。日本古来の画法を駆使して現代社会を風刺する独自の作風で知られる山口晃は、本展で日本美術史における〈近代絵画〉の捻れた位置付けに真っ向から挑む。それも西欧と日本の〈近代絵画〉の殿堂ともいえる石橋財団コレクションを題材に“ジャム”るのである。
「歴史や美術といった人間社会の制度をぶっちぎらんとする」(プレス資料より)サンサシオン(仏語で感覚)が炸裂する展覧会となりそうだ。


また私事で恐縮だが、私、住吉智恵はまもなく開幕する「第15回恵比寿映像祭」(東京都写真美術館主催 2/3 – 2/19)に本年度も地域連携プログラムのキュレーターとして参加する。
「Law-technology? High-quality!」と題した本展の参加作家は、佐藤好彦、メガネ、毛利悠子の3名。映像祭総合テーマ「Technology?」に呼応し、最先端ではないが完成度の高い、いわゆる「ローテク」でありながら、高度に洗練された作品、シンプルで強靭な作品、新たな概念や気づきを提示する作品を制作するアーティストを紹介する。
彼らの展示風景の向こうに、ともすればブラックボックスを生み出し、情報弱者を弾き出す「ハイテク」偏重の社会を反転して見せようとしている。肥大化する先端技術に置き去りにされた「ローテク」を見事に昇華させた表現を照射することで、未来の身体性と親和するテクノロジーの可能性を探るきっかけとなればと思う。

第15回恵比寿映像祭 地域連携プログラム 「Law-technology?  High-quality! 佐藤好彦、メガネ、毛利悠子」
会期|2023年2月2日(木) – 2月12日(日)
会場|AL Gallery 東京都渋谷区恵比寿南3-7-17-1F

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