バスキア、リヒターから若い日本人作家まで、独自のセンスでアート作品をチョイスするスタイリッシュな「審美眼」の持ち主として知られる藤原ヒロシ。ならば、その「審美眼」は、モネ、ゴッホ、セザンヌといった誰もが知る巨匠たちの作品を前に、どのような反応をするのだろうか。国立西洋美術館で開催中の「自然と人のダイアローグ」展で、“教科書的”な美術鑑賞とは一味違う「藤原ヒロシ的アート鑑賞」の極意を訊く。🅼

聞き手・文=鈴木哲也[クリエイティブディレクター]

――この「自然と人のダイアローグ」展は、国立西洋美術館リニューアルオープン記念として、ドイツ・エッセンのフォルクヴァング美術館の協力のもと、両美術館のコレクションからモネなど印象派、ゴッホ、ゴーガン、セザンヌといったポスト印象派を軸にしながらリヒターを含む20世紀に至るまでの西洋絵画の巨匠たちの作品を集めた、実に松方幸次郎の近代絵画コレクションをルーツに持つ西洋美術館らしい展覧会です。藤原さんは、この展覧会にどのような感想を持たれましたか?
 
 
「ここで展示されているモネやゴッホといったアーティストの作品を誰かに勧めるのって難しいなって思うんです。あまりにも有名というか、学校の美術の教科書で習うような作品の良さを一般的な評価以上に表現したり、誰かに伝えたりするのって、どうすればいいんだろうと思ってしまう(笑)。特に常設展の展示のされ方を見ると、僕にはあまりに教育的というか、ともすれば作品の価値を押し付けられているようにも感じるというか」

クロード・モネ《舟遊び》とゲルハルト・リヒター《雲》の対話

――あまりにも、“王道”すぎる?
 
 
「そうなんですよね。でも、この『自然と人のダイアローグ』展では、例えばモネとリヒターの“空”の捉え方を対比する展示なんかは良いですよね。ここにあるのはリヒターの作品としては傑出しているとは思わないけれど、ああいう見せ方によって作品の見え方が変わるというのは面白い。そうやって、見方を変えると、今度は逆にモネやゴッホの作品が抽象画的にも見えてくる。だから、いわゆる“名作”ほど企画やキュレーションのあり方が大事だと気づかせてくれる展覧会だと言えると思います」

上|クロード・モネ 《舟遊び》 1887年 国立西洋美術館 松方コレクション
下|ゲルハルト・リヒター 《雲》 1970年 フォルクヴァング美術館 © Gerhard Richter 2022 (13012022) © Museum Folkwang, Essen

――つまり、巨匠たちのいわゆる“名作”から、美術の教科書にあるような一般的な解説を超えるものを発見できると面白い、と。
 
 
「そうですね。ただ、逆に言うといずれリヒターも小学校や中学校の美術の教科書で紹介されるようになるんですかね? あるいは、すでにそうなっているとか」
 
 
 
――小学校はともかく、中学・高校の美術の教科書には現代美術の作品が取り上げられているそうですが、藤原さんとしては現代美術のアーティストが学校の教科書で紹介されるというのは……
 
 
「そうなったら、終わりでしょ(笑)。だって、教科書に載るということは万人に受け入れられているものだというのが前提なわけでしょう? やっぱり、アートってそれを受け入れないという人もいるのが本当だと思う」
 
 
  
――なるほど。とはいえ、同時代においてはスキャンダラスな作家であったとしても、人類史とともにあるような美術史の長い時間軸の中にいつかは吸収され、それこそモネやゴッホといった“巨匠”たちとの連続性で語られるようになるというのは、ありませんか?
 
 
「だから、僕はそこが疑問なんです。極端に言えば現代の美術とギリシャ・ローマ時代の美術では、さすがにアプローチが全く別物じゃないですか。抽象的でコンセプチュアルな表現によって社会批判を目的とするものと宗教的なアイコンとして描かれたものは、技法においては何らかの繋がりがあったとしても、やっぱり別物だと思うんです。例えば、ルネサンスの時代でも、まだ娯楽が少なかっただろうから、その時代の人々にとっては絵画を見ることが今ならハリウッド映画を観るくらいのメジャーなエンターテインメントだったかもしれない。けれど、現代は観るものがたくさんあって、そうなるとアートも世の中への浸透のさせ方が、以前とは当然違ってくる。場合によってはそれがTシャツのグラフィックとして世の中に溶け込むこともあるだろうし。」

ポール・ゴーガン 《扇を持つ娘》 1902年 フォルクヴァング美術館

――つまり、藤原さんとしては、やはり現代アートに興味があるということですか?
 
 
「いや、そういうことでもなくて。そもそも僕は“ アートが好き”というのとも少し違うから(笑)。ジャンルとしてのアートに興味があるというより、アートと呼ばれる“作品”を好きになるということから始まるんです。だから、その“作品”がどういう空間に、どんなふうに展示されるか、そして、それがどんなふうに見えるか、みたいなことを考えることが多いんです。モネやゴッホの作品の持つ歴史的な価値を無視するわけではないけれど、それをただ教科書的な知識・教養として額面通りに受け入れるのではなく、本来は全く関係のない作品と並べることで見えてくるものとか、意外な空間に置くことによって現れてくる印象といったことが、僕にとっては面白いんです。アート作品を鑑賞するときも、そんなことを考えながら観ているのであって。なので、僕が実際に作品を手に入れるとしても、その動機はいわゆるアートコレクターと呼ばれる人たちとは違うのだと思います」

エドヴァルド・ムンク 『アルファとオメガ』 1908-1909年 国立西洋美術館

――この「自然と人のダイアローグ」展からは、そうした“作品”に対する新たな発見がありましたか?
 
 
「そうですね。それは、2つの美術館から選ばれた作品を展示することで、エディット感覚のキュレーションが実現したからでしょう。それにより、モネの絵がリヒターにも通じるようなアブストラクトに見えたし、印象派が当時の美術界では反体制的な異端とされていたということにも納得がいきました。また、ムンクといった“教科書的な作家”の作品にも発見があって、良い刺激になりました。やっぱり“ビッグネーム”には力がありますね(笑)」

エドヴァルド・ムンク 『アルファとオメガ』:(17)《絶望するアルファ》 1908-1909年 国立西洋美術館

国立西洋美術館リニューアルオープン記念 自然と人のダイアローグ フリードリヒ、モネ、ゴッホからリヒターまで

会期|2022年6月4日(土)- 9月11日(日)
会場|国立西洋美術館
開館時間|9:30 - 17:30 [金・土曜日は20:00まで]入館は閉館30分前まで
休館日|月曜日
お問い合わせ|050-5541-8600(ハローダイヤル)

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